世に問う!言わずにはいられない
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163.医の理念 2013年10月26日
先日ある知人から、こんな話を聞かされた。
とある胃腸科内科医院で、ここ暫く治療を受けていたとのことだが、一向に回復する様子が見られないとのことから、他の病院で診てもらおうと問い合わせをしたのだという 。ところが、「今まで通っている病院で診てもらうように」と体よく断られたとのことだった。
問い合わせ先の病院は、元公立病院での勤務医を経て、開業した一般的な町医者だが、評判は開業当初から良かったようだ。
駐車場は毎日のように満車状態で、地元でも知られた繁盛店、いや病院だ。
彼は、一刻も早く完治したいと、藁をもすがる思いで電話をかけたとのことだったが・・・。

勿論、そのことを今までの主治医に、他人の見方や意見を聞くべく、セカンドオピニオンなどの相談を持ち掛けるべきだったと思う。
医療環境や体制が進んだ今では、セカンドオピニオンが至極あたり前になっているものと思っていたが、主治医が個人経営の町医者であれば尚の事、現実的には言い出しにくいというのが本音のようだ。

「医の倫理に徹し、かつ、高度な臨床的実力を有する医師を養成することを目的とし、併せて医学の進歩と、地域住民の福祉の向上を図ることを使命とする」との崇高な理念と精神を持って、医療に恵まれない、へき地等における医療の確保向上及び地域住民の福祉の増進を図るために、昭和47年に自治医科大学が創設された。

2006年の診療報酬改定以後、医療者の集約が進み、我が県などの地域医療は荒廃の一途をたどっている。
医師不足にともない、療養所の閉鎖や入院用のベット数の削減など、医療困窮の危機に瀕しているのが実情であり、地方行政にとっては、今では最大の悩みと言っても過言ではない。医師不足を早急に解消する必要がある。

更には、3.11の大震災によって東北の沿岸部は壊滅的な被害を被り、多くの病院や診療所が廃止に追い込まれるなど、多くの医師が外部へと流出し、医師不足による医療崩壊が起こっている。
そのことが、今尚復興の進まぬ要因にもなっているとも指摘されている。
その状況から、2012年2月に、被災県3県の16沿岸部市長が連盟で、「東北の地に医学部新設を」と政府に働きかけた。
それを受けて、今年2013年2月、東北選出の自民党議員や有志ら30人によって、「東北地方に医学部の新設を推進する議員連盟」が立ち上がった。そして医学部新設を目指すことを決議したとのことだった。
新設に前向きな政府は、現在本腰をいれて動いているようだ。

ところが、利権がらみの見難い攻防を展開するなど、選挙の後援を巡って一転二転する圧力団体『日本医師会』が、この医学部新設に対して「わけのわからない医学部をつくることによって医師の質が下がる」、宮城県の医師会などは「教官に多数の医師が引き抜かれれば東北の医療は崩壊する」などと強く反発している。
もっとも、反対する医師会所属の殆どが開業医であって、ライバル出現に対する過剰反応だとの指摘もある。

また最近のニュースによると、前述の宮城県医師会の発言と同じように、新設の医学部への講師が流れることを懸念する東北75市の市長が集う東北市長会が主張しているとのことだ。
確かに、疲弊する現状の東北医療の状況では、地元の医師が抜けることによって医療崩壊につながる危険性はあるかもしれない。
しかしながら、全て大都市圏などの他の地域に、「おんぶにだっこ」でよいのだろうか。
9年前の診療報酬改正に伴ない、医師が高医療費(高収入)が見込める都市部に集中することによって、地方の医療は疲弊したというのが実態のようだが、それでは大都市の東京や大阪に医師が余っていると言えるのだろうか。

強硬に、「ただ反対だ」と叫ぶのではなく、やり繰りをもっと工夫すべきではないだろうか。
例えば、医学部新設にあたり200〜300人の教職員が必要だとすれば、海外に滞在する日本人医師を招くとか、全国に散らばる東北出身の医師に声をかけるだとか、そもそも東北の中心都市仙台で開校するのであれば、近隣からの人材調達は比較的容易ではないだろうか。

後々のことを考えれば、身銭を切る覚悟でやるべきであって、被災地圏内でのやり繰りはある程度仕方がないことではないだろうか。将来に対して多少の犠牲は已む無しだと思うのだが。
賢治が唱える犠牲的精神や愛他精神を、子供の頃から親しみながら学んできた我々岩手県人(東北人)が、全国に示すべきではないかと私は思っている。

最後に、医師が儲けることを決して否定するつもりも批難するつもりもないが、ただ、冒頭で紹介した人気病院は、開業以来かなりの患者数を抱えており、近所の噂によれば、蓄えは相当なものだとのことで、新たに患者を増やす必要がないのかもしれない。
患者を増やすことによって、医師にとって体力的な負担になることも決して分からなくはない。
患者が医師を選ぶのと同じように、医師が患者を選ぶ権利もあるだろう。

「お金がいっぱい貯まったから、もう稼ぐ必要ないので診ない」「金のある患者は診るが貧乏人は診ない・・・」など、非常に寂しい、悲しい現実である。その先生とて、若き頃に抱いたであろう正義感や医の倫理をすっかり忘れた訳ではあるまい。
銭金云々よりも、もっと大切な何かを、抱き、思い描いて医師になった筈だ。
是非とも、初心に返って頂き、その卓越した医療の技術を、先生の腕を見込み、藁をもすがる思いで打診した患者のためにも、チャンスを与えてくれないものかと、ただただ願うばかりである。   
医療は誰のためにあり、どうあるべきかを改めて考えさせられた愚痴のひとことであった。



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