世に問う!言わずにはいられない
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197.強い日本の農業とは 2015年4月4日
強い、もうかる日本の農業を目指して、輸出を強化するなど、政府は農業所得(平成37年迄に現在の4兆円から倍の8兆円を目指す)の倍増計画を唱え、意気込んでいる。
農地を集約して大規模化を図り、収量増によってコスト削減を図り、更には6次産業化を推進し、海外に販路を拡大するなどの理想論を展開している。単なるパフォーマンス、「やはり話しだけだったな」などとならぬように、本腰を入れて取り組んで頂きたいところだが、ただ、基本的な問題として、そもそも海外への輸出強化などによる強い農業が、はたしてこの狭い日本で実現可能なのだろうか。
一部の、特化した品種、例えば高級品として位置づけられる特別なリンゴや、特定のイチゴなどのように、ブランド品としての価値を付加した農作物もあるが、それは極めて稀な例だ。
全ての農産物や農家が、そうなるなんてことは極めて考え難い。農業経営としての、経営センスも問われる。

勿論、その方向を目指し、研究し、努力することは尊いことだ。
ただ、日本の特色として、特化した物に対する付加価値を上げる能力や、技術は他国の上をいくと思ってはいるが、冒頭で述べた、強い農業といったイメージとは程遠いように思えてならない。
政府は、大規模営農化を推進し、そのことに対する補助金や助成金などの支援による優遇措置をとっているが、そもそも農地面積を諸外国と比較してみると、間違いなく多いとは謂えない現実がある。

何しろ、以前の日本に於ける農家各戸の耕作面積はフランスやドイツの30分の一程度。アメリカとは100分の一以下だ。
極めつけはオーストラリアだが、その平均耕作面積は日本の1800倍と云われている。
我が国の農家が、集団化し、大規模化を図ったとしても、精々今の10倍か20倍だろう。つまりはそれでもフランスやドイツ以下であり、どう頑張っても、せいぜいオ−ストラリアの200分の一か100分の一程度が関の山だろう。そもそも分母の桁が違うのである。

聞くところによると、日本の30倍の規模を誇るフランスでは80%の補助金があり、日本の約100倍もの農業大国アメリカですら、約30%の補助金があって漸く農業が成り立っているというのが現状のようだ。
以上の点から、同じ土俵では絶対に勝負にならないことは、紛れも無い事実として受け止めるべきである。
また、その事実が、今の日本に於ける農業事情だと言わざるを得ないし、前述した付加価値を高める農法や品種を徹底的に研究し、勝負することには勿論異論をはさむものではないが、グローバリゼーションを掲げ、市場をただ単に開放するならば、「強い、もうかる日本の農業」どころか、間違いなく日本の農業は衰退するのではないだろうか。

それよりも、電灯で足元をしっかりと照らし、じっくりと身辺、身近な所に目を向けるべき時ではないだろうか。
つまりは地産地消を徹底的に見直し、国が先頭に立って推進することによって、活路を見出だせるのではないかと思う。勿論その為には消費者意識の改革が重要となるが、大震災はそんな意味でも良い機会となったのかもしれない。  
大規模化に伴い、海外は勿論、遠路遥々数百km、数千kmの運搬コストをかけて遠隔地にわざわざ出荷するよりも、二酸化炭素の排出量を抑えながら、地元で極力消費する方が遥かに効率が良いのではないだろうか。

ただ単に、グローバリゼーションを無分別に、無条件に取り入れるのではなく、ローカリゼーションの良さを再確認し、しっかりと認識しながら地産地消を実践する方が、遥かに地球や自然に優しい好循環を生むのではないだろうか。

また、政府は、食料自給率を50%(以前民主党が掲げた目標)から45%(民主党政権以前の目標)に引き下げた。
実現可能ではない目標は立てるべきでないとの判断のようだが、本来ならば、自給率は100%を目指すべきであるのに、更に下げたということは輸入自由化を睨んでのことだろうと思う。
自給率が100%というのは、「有事の時」云々というよりも、消費者にとっては食の安全に繋がり、また、農業経営の安定化や雇用の創出にも繋がり、地方の活性化を促す経済政策でもある筈だ。

どうせ目標を立てるのであれば、せせこましい数字を並べるのではなくて、大胆に掲げ、それに向かって奮励努力することによって、大は小を兼ねることから、50%、或いは70%を達成するのではないだろうか。
あまりにも現実離れした理想主義者は困りものだが、さりとて、理想を持たない政治(家)など、まったく魅力など感じる筈がないと私は思うのだが……。



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